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寺院概要


金剛寺 曹洞宗 徳雲寺分院

前田家三代藩主前田利常公(妻は徳川玉姫)の生母「寿福院」は恵眼寺(徳雲寺を兼帯)を中興の祖として開基をしている。 

世界記録遺産に登録されている東寺百合文書、松雲公採集遺編類纂に徳雲寺を兼帯した恵眼寺宛の文書に収録されている。 

永亮二年(1430年)徳雲寺は徳田(石川県志賀町)に創建される(現在は七尾市西三階に移転)。

この地徳田は当時「寿福院」幼名「おりん」が誕生と伝承されている。 また、「徳田千石にかでも納め可愛いおりんの里じゃもの」という盆踊りの歌がこの地に残っている。越前の家老職、上木新兵衛の娘・千代保の傍証

徳雲寺は釈迦誕生からおそよ1900年の歳月を経て、現在の石川県羽咋郡志賀町徳田の地に、豪族・得田氏の菩提寺として、雲沢詔興大和尚が1430年(永享2年)が開山致しました。

徳雲寺には石動山合戦で焼き討ちの際、持ち出された、一面臂如意輪観世音菩薩座像を所蔵しております。

西東京の金剛寺、この徳雲寺分院となり、関東地域において教化活動を行っている寺院となります。

金剛寺住職 石毛泰道

私が今いるのは父母が私を生んでくれたからです。


その祖父母、八人の曾祖父母はきっと私が嬉しい時、悲しい時一緒に喜んでくれ、また悲しんでくれていることでしょう。私には姿は見えませんが「良かった」「頑張れ」を励ましてくれているように思えます。「へそのう」で繋がっているご先祖様。私の命はその絆を背負って、そして未来へと伝承していくのです。


ご先祖様や社会の方々から、目には見えない暖かな太陽のような眼差しで自分は支えられ生かされているのだと思えたら、自分を取り巻くすべての人々に感謝が芽生えたら、幸福の気持ちに生まれるのではないでしょうか。

日本においては、1995年に阪神大震災、2008年にはリーマンショック、2011年には東日本大震災、そして昨年から今年にかけて新型コロナウィルスが流行しています。社会の在り方が変わったと多くの方が述べています。


仏教の言葉に「脚下照顧」があります。もう一度顧みて、自分の足元を照らしてみようという意味があります。私どもは、地域の皆様にとって少しでも足元を明るくできるようなお寺になりたいと思っております。


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